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海外で活動した管理栄養士による、世界で活躍したい管理栄養士のためのブログ

アフリカで2年間、本気でボランティアして気付いた【ボランティアでは本当の意味で貧困解決できない2つの理由】

こんばんは、管理栄養士のやまたつ(@TatsuyaOyama)です

初めましての方はコチラ

 

先日、北海道で発生した地震では多くの方々が日常の大切さを再確認したかと思います

かく言う僕も札幌在住なので2日ほど電気、水道のない生活をしていました

その時ふと思ったことは「そいや、青年海外協力隊でアフリカ暮らしの時はこんなの頻繁にあったな」と

日本に帰国してもう3年ほど経ちますが、僕の生きる力はどんどん低下しているのではないか

そんな心配をしてしまいました

 

さて、話を戻して

今回のタイトルにあるように、結構シビアな問題を実体験をもとにお話ししたいと思います

もちろん賛否両論あるのはわかっているので、あくまで僕個人の意見としてください

 

僕がボランティアを目指したきっかけ

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幼少期から好奇心旺盛だった僕は、とにかく何でもやってみることでいろんなことを学びました

小学校に上がってから毎週図書館へ連れていってもらい、週5冊の本を読む習慣をずっと続けていて

社会人になってからも毎週必ず1冊は本を読んでいます

本を読んでいると不思議と"こんなことは世界の何処かで本当に起こっているのか?"

なんて、疑問が出てくるんですね

で、映像見たり、FacebookTwitterを通して本人とコンタクトを取り、会いに行く

そんなことやり始めたのは社会人になってからでした

 

そんなある日、BASURAというドキュメンタリー映画を見る機会があり、この時に受けた衝撃は今でも残っています

ゴミ山で生活する人々を描いたこの映画

こんな世界があるという事実に居ても立っても居られない

まずは行ってみよう、ボランティアしてみようと思いました

www.youtube.com

 

現地でのギャップ

BASURAの舞台になった場所へは現地NGOご協力のもと連れて行ってもらい、現実を突き付けられました

ここで思ったことは事実は現地でしかわからないということ

日本で得ていた情報がいかにフィルターにかかっていて、情報の切り貼りがされているか

事実を知りたいなら現地へ行け

これが一番の報酬でした

僕の活動フィリピン編は後日詳しくご紹介します

 

アフリカで2年間ボランティアを経験

それから2年が過ぎ、僕は青年海外協力隊として東アフリカのマラウイ共和国2年間、栄養士としてボランティアへ行くことになりました

自分の専門知識を使って多くの人たちに貢献しようと意気込んでいました

が、そこにも現地でのギャップを目の当たりにすることがあるとは

 

溢れる在庫と行き届かない支援物資

僕が派遣されていたマラウイカロンガ県中央病院には医療物資が結構ありました

僕はてっきり物がなく、人々は困っていると思っていましたが、そうじゃなかった

国際NGOからの援助で物は潤っている状況

そしてそれが当たり前化している現地の人々

倉庫内の薬は使用期限の切れているものもしばしば

もしかして過剰な支援なのでは?

例えば、注射針

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日本の病院でこんなことやったら大問題になるでしょう

わかりますか?

掲示物用の画鋲として使われています

画鋲1個と注射針1個の値段は誰が考えてもどっちが高価かわかりますよね?

では何故貧しいと言われるマラウイの看護師がこのようなことをするのか

答えは簡単、注射針がタダで送られてくるから

画鋲は誰もタダでくれません

ボランティア、寄付、ドネーションはこのように現地の人々の感覚を時に狂わせることとなります

 

一体地方の村ではどうなっているのか、、

そこには医療器具もなく、薬もないという現実がありました

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この現状をまとめると

1、国際NGOからの支援物資の送り先はマラウイ保健省(ここからマラウイ保健省の管轄になる)

2、保健省から各県中央病院へ物資の輸送が始まる

3、各県中央病院から地方診療所へ物資の輸送をする

 

上記の3ステップで物は移動してくるのですが、大きな落とし穴が存在します

それは、物資の輸送コストはマラウイ保健省並びに県中央病院持ちであるということ

ご存知の通りマラウイにはお金がありません

ましてや県中央病院にもあるはずがない

国際NGOはそこまで見越しての支援なのか?

結果何が起こるのかというと、県中央病院まで運ばれた物資はその先の地方診療所へ運ぶ輸送費がないため在庫となり

使用期限が切れてゴミになる

一方、地方の診療所には物資が届かず、必要な人に必要な物が届かない

こんなおかしなギャップが生まれるのです

国際NGO団体の報告書では

1、何を

2、どこに

3、どのくらいあげた(実施した)

が書かれていますが、結果どうなったかについてはわずかな成功例が書かれている程度です

ユニセフ活動報告 | 日本ユニセフ協会

 

彼らはいったい何に困っているのか

ボランティアや支援を必要としている現実があるのはなんとなくわかります

では、具体的に彼らは何に困っているのか

実際に僕は自らの足で現地調査してみました

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自転車で片道1時間かけてたどり着いたKASOBA村は、村長さんとも仲良くしており

2回くらいのペースで栄養啓発活動やクッキングデモンストレーションをしていた村

そこで村人たちに「幸せってどんなとき?」と単刀直入に聞いてみました

ざっと50人に聞いてまわったところほとんどの人は考え込んでしまって答えが出ませんでした

マラウイの人々はその瞬間を生きていると僕自身感じてはいましたが、答えはやはりそうでした

つまり、過剰な情報にさらされていない分、今ある現実をそのまま受け入れ、周りの人たちと今を楽しんでいるということ

日本人は先のことを考えるのが癖になっています

昼ごはん食べてる時に「今晩のおかずは何にしようかな?」なんて考えるかのように

彼らは違います

今ある現実でいかに生きるか

そこに注力しているため、その先どうしたいかなんて考えていません

ボランティアって究極いらないんじゃないか、、と思いました

 

ボランティアで貧困解決ができない理由

そもそも彼らの生活は成り立っている

全てはそこに尽きるかと思います

彼らは物がないならないなりに工夫して生活しています

人間という生き物はあればある分欲しがるので、ないならないなりの生活をするくらいの知恵は持っています

僕らが持っていく物は本当に彼らの生活に必要なものなのか?

もう一度考えてみる必要がありそうです

 

ボランティアの持続可能性に疑問

国際NGO団体はそれはそれは大きい組織なので資金力があります

いきなり資金難で支援を打ち切ることは少ないでしょう

もちろん、災害や飢饉での緊急支援は必要です

ただ、緊急支援のフェーズを過ぎても過剰な支援物資は彼らの生活を破壊し、人々から生きる力を奪うだけ

この映画がとっても参考になります↓

www.youtube.com

 

貧困解決に必要なこと

それはただ一つ、現地にいる彼らが主体性を持ち、自分たちで貧困解決に立ち向かうこと

そのためには雇用を与え、労働の対価として賃金を与えること

現地で本当に必要なことは現地の人が知っています

僕たちは彼らともっと対話して、本当に必要なことを聞き出してから一緒に貧困解決に取り組む姿勢を見せなければならない

そう思います

 

最後に

僕が尊敬する会社の社長さんが目指すビジョンにとても共感しています

機会の均衡化

モチベーションある人や頑張っている人にもっと機会がまわってくれば、世界はもっとオモシロクなるのではないか

途上国にいるから機会に恵まれず、貧困から抜け出せないという人は本当にたくさんいると思います

会社として事業を起こし、もっと多くの人に機会を与えられるようになりたい

そのことこそが本当の意味で貧困解決に繋がるのではないか

僕自身、まだまだ経験不足ではありますが、自分にできることの幅を広げて行動に移していこうと思います