ザンジバル負の歴史 〜ザンジバル滞在記9/4〜
今日は一旦仕事の話を置いておいて
ザンジバルの負の歴史のもう一つについてのお話
日本の教育で、学校の教科書で”唐行きさん”という言葉を聞いたことがあるだろうか?
唐は中国を指す言葉だが、ざっくりと外国を指す
行きは文字通り送られること
そう、唐行きさんとは外国へ送られる人を指す言葉
主に女性
唐行きさんは日本人娼婦、いわゆる海外で売春させられる女性達のこと
ザンジバルもその唐行きさんの歴史があります
19世紀後半に東南アジアやアフリカ、その他シベリアや北米へ唐行きさん達は売られていった
多くは漁村や農村の貧しい家庭の娘達
ここザンジバルではつい50年ほど前まで唐行きさん達が生活していたんだとか
13〜18歳くらいの少女達
そして、娼婦として暮らしていた国でわずか平均年齢20歳で死去していた
風土病や疫病、性病を患って、、
中には絶望のあまり自ら生を絶った人もいたが、大半は「借金が返せなかったら国もとの家族から払ってもらう」と脅され、、
涙も枯れるほどないたあと、娼売の世界に飛び込んでいかざるを得なかった
ある人は「もうここまで来てしまえば、捨て身の勇気とでも云はうか、持てるものの凡てを失った彼等が、運命に順応して行くその大たんぶりは、到底男子の想像も及ばぬものがある」、と
ザンジバルで唐行きさんが住んでいた場所、それはストーンタウンの一角にある↓
今はただの路地であり、お土産屋になっているが、そういった歴史も知っておく必要がある
その歴史の上に僕たちが暮らしていること、教科書には載っていないリアルがここにある